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聞くは「気が来る」

2023.09.20

■今日のバイブレーション■

        聞くは「気が来る」
             (天野祐吉:コラムニスト)      

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●今日のバイブレーションから思い浮かんだ事●

 故事成言を効果的に取り込んだ、先達の人生訓には思わず耳を傾けてし
まう。まわりくどい話を長々とされるよりも、「○○という言葉があって
ね」と諭されると、説得力に一段と重みが加わる。
 残念ながら、そういった技を使えるのは、私たち団塊世代の一回り上の
方々の力量であるように思う。

 現在、私たちが交流している本質は、言葉によるものではなく、存在そ
のものであることは折に触れ、私自身も語ってきた。記号には、信用を置
かなくなった世代の入り口であるのが私たちの世代である。
 それでも年齢的には故事成言には、十分に聞き耳をたてる世代でもある。
上記の言葉もスンと胸に納まる。

 天野氏は、情報の氾濫の中で、コミュニケーションの基本として「挨拶」
の大切さに言及をした。上記の言葉も、一部外食産業で入店と同時に店員
さんから発せられる「こんにちは」「いらっしゃいませ」が、いかに言葉
として無意味であるかということに思いを及ばせた発言であろうし、そこ
には、言葉として成立するための、意味や思いが含まれていない事への憤
りがあるのであろう。


 挨拶はともすると、形だけのことになることも多い。
でもたまには、心に残る挨拶に出会うこともある。
 10数年前、あれは愛知県と長野県の境にある町での公演であったと思
うが、公演数時間前に町をぶらついていた時、ランドセルを背負った見知
らぬ小学生から、ちゃんと眼をあわせて「いってきました」と挨拶を受け
た。一瞬、僕は「あ、・・どうも」と応じたような気がするが、それは、
「行って来ます」という挨拶で学校にでかけたこどもの下校時の挨拶であ
る事に、あとから気付いた。いい言葉である。

 相手が言った気分が、こっちに来たときに「聞く」という行為が成立す
るという氏の論理に触れ、その時のことを思い出した。

 以前書いた、三善晃氏の言葉もそのような意味合いであったなあ。

言葉に思いを込める事。歌い手である私としては肝に命じてゆかねばなら
ない。

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