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「甲子園とは話がちがう」(朝日新聞社説:4月2日)  

2023.06.10

■今日のバイブレーション■

    「甲子園とは話がちがう」
       (朝日新聞社説:4月2日)  
    
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●今日のバイブレーションから思い浮かんだ事●
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 わが国の国旗・国家について、毎年この時期になると、なにかと喧しくなる。
学校での年度の入れ替わりの通過儀礼の式典、つまり、卒業式、入学式に際し
ての「日の丸・君が代」問題である。ことに今年は、なにやら騒然としている
ような気がする。新聞各紙の社説はもとより、週刊誌の見出しにも、その文字
がおどる。起立しての「国歌斉唱」に反旗を翻した教職員に対しての、戒告、
あるいは嘱託教員の契約打ち切りなど、なんだか妙に生ぐさいニュースがあい
ついでいる。

 「君が代」を国歌として位置づけることの是非に関しては、このメルマガで
語るにはあまりにも重たい話題であるから、できるならさけて通りたい。
軟弱な一ポピュラー歌手の手にはあまる。踏み絵であることを意識すると、
なんだか不用意に踏み出せない。

 上記の朝日新聞の社説は、そういう意味では、割合にストンと自分の心に近
い場所に着地した。要は、「強制」するということに付随する時代錯誤感を、
この社説は説いているのである。

 歌いたい人は、気持ちよく歌うために立ち上がるかもしれない。とりあえず
まあ、小さな声ででも歌っとくかという人は、着席のままで、途切れ途切れに
でも呟くかもしれない。みんなが立っているのに座っているのはなんだか目立
ちすぎて怖いという人は、一応立ち上がるかもしれないが、実際には口を開か
ないかもしれない。色々な距離感でこの「国歌」に向き合っているのが、現状
である。甲子園での高校野球の開会式でも同様な光景が見られる。けれど、そ
の場合、ある行動が不適切であるという理由で制裁は加えられない。今回は
「強制」に従わなければ、処分の対象になるのである。
 このあたりで、僕の心の中のやわらかな部分がキューッと締め付けられる。

 どこかに、和して集うことを目的に作られた国歌はないものであろうか。
その歌を歌うことが、その国民の誇りであり、気持ちの良い連帯感のなかで、
共鳴する幸せを満喫させてくれる歌はないものであろうか。

 
どこかに語り忘れた愛の国はないか
 その国探して時空の旅に出よう

 どこかに歌い忘れた愛の歌はないか
 その歌探して時空の旅に出よう


 こんな歌をつくって歌っていた事を思い出した。15年も前の話である。
(「時空の旅人(ときのたびびと)」:作詞:牧野俊浩 作曲:幡手康隆)

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